今回のテーマはエンレスト!一般名はサクビトリルバルサルタンナトリウム水和物。もともと慢性心不全の治療薬として承認後に、高血圧の適応が追加された薬剤です。バルサルタン!?という聞き覚えのある名前に、アレっと思った人も多いのではないでしょうか?エンレストは2種類の成分を含むニュークラスの薬です。
「アンギオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬」
(angiotensin receptor neprilysin inhibitor:ARNI)
別名「アーニイー」と呼ばれます。エンレストはどのような特徴があるのか?慢性心不全と高血圧、適応の違いに注目しながらポイントを解説しますね。
本記事では成人の適応について解説しています。
エンレストの基本情報
| 製品名 | エンレスト錠 |
|---|---|
| 発売 | 2020年8月 |
| 一般名 | サクビトリルバルサルタンナトリウム水和物 |
| 規格 | 錠50mg・100mg・200mg、粒状錠小児用12.5mg・31.25mg |
| 作用機序 | アンギオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI) |
| 適応 | ①慢性心不全(慢性心不全の標準的な治療を受けている患者に限る) ②高血圧症(2021年9月適応追加) 小児は慢性心不全のみ(2024年2月適応追加) |
| 用法用量 | ①1回50mgを1日2回経口投与。 2~4週間の間隔で段階的に1回200mgまで増量 ②1回200mgを1日1回(最大400mg) 小児の用法用量は電子添文をご参照下さい |
| 禁忌 | ・過敏症の既往がある患者 ・ACE阻害薬を投与中、あるいは投与中止から36時間以内の患者 ・血管浮腫の既往歴のある患者 ・アリスキレンフマル酸塩を投与中の糖尿病患者 ・重度の肝機能障害(Child-Pugh分類C)のある患者 ・妊婦又は妊娠している可能性のある女性 |
| 薬価 | 200mg:188.2円、100mg:106.9円、50mg:60.9円 |
慢性心不全の治療薬について
慢性心不全の治療薬は処方目的の違いにより大きく2つに分けられます。
- 自覚症状を改善する薬
うっ血症状の改善…利尿薬、血管拡張薬
心拍出量の改善…強心薬
心拍リズム調節…抗不整脈薬、ジギタリス製剤 - 長期予後を改善する薬
ACE阻害薬、ARB、MRA…①RAAS抑制
βブロッカー…②交感神経抑制
ARNI…①RAAS抑制+③Na利尿ペプチド系亢進
HCNチャネル遮断薬(コララン)
SGLT2阻害薬(フォシーガ、ジャディアンス)
可溶性グアニル酸シクラーゼ刺激剤(ベリキューボ)





エンレストの有効成分

| エンレスト | エンレスト | |
|---|---|---|
| 成分 | サクビトリル | バルサルタン |
| 分類 | ネプリライシン 阻害薬 | アンギオテンシンⅡ 受容体拮抗薬 |
| 100mgあたりの含量 | 48.6mg | 51.4mg |
| 備考 | プロドラッグ エラスターゼで分解後に活性を示す | 成分自体に 薬効あり |

エンレストは100mgあたり、サクビトリル48.6mgとバルサルタン51.4mgを含有します。混合比率はモル比1対1です。バルサルタンはそれ自体に薬効がありますが、サクビトリルはプロドラッグで、吸収後、エラスターゼにより分解を受けて活性を示します。
エンレストの適応
| エンレスト | エンレスト | |
|---|---|---|
| 効能又は効果 | 慢性心不全 慢性心不全の標準的な治療を受けている患者に限る | 高血圧症 |
| 効能又は効果に関連する注意 | ・アンジオテンシン変換酵素阻害薬又はアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬から切り替えて投与する ・「臨床成績」の項の内容を熟知し、臨床試験に組み入れられた患者の背景(前治療、左室駆出率、収縮期血圧等)を十分に理解した上で、適応患者を選択する | ・過度な血圧低下のおそれ等があり、原則として本剤を高血圧治療の第一選択薬としない |



エンレストは慢性心不全と高血圧症に適応があります。慢性心不全は、臨床試験試験の結果からNYHA心機能分類II-Ⅳ、LVEF≦35%のHFrEF患者が対象です。原則ACE阻害薬やARBから切り替えて使用します。高血圧に対しては第一選択薬ではありません。ARBとネプライシン阻害薬の配合剤であり、降圧剤単独投与で効果が不十分な場合における選択肢の一つです。
PARADIGM-HF試験
- 対象…ACE阻害薬又はARBを含む慢性心不全に関する既存治療下で左室駆出率(LVEF)が低下した慢性心不全(HFrEF)患者8442例
- 方法…標準治療に加えてエンレスト群200mgを1日2回投与
- 比較…エナラプリル群10mg×2
結果は以下のとおり
- 心血管死又は心不全による初回入院…ハザード0.80(0.73-0.87)
- 心血管死…ハザード0.80(0.71-0.89)
- 心不全による入院…ハザード0.79(0.71-0.89)
- 全死亡…ハザード0.84(0.76-0.93)
→エンレストはエナラプリルに比べて、心血管死と心不全による入院リスクを20%低下させました
エンレスト:慢性心不全における臨床の位置付け
エンレストはPARADIGM-HF試験の結果に基づき、慢性心不全の方に対して死亡や心不全リスクの低減を目的としてACE阻害薬やARBから切り替えて投与することが推奨されています。


- I …(無症候性)日常の身体活動において、強い倦怠感、呼吸困難、動悸等がない
- II …(軽症から中等症)日常の身体活動で症状あり
- Ⅲ…(重症)日常の身体活動以下で症状あり
- Ⅳ…(難治性)安静時にも症状あり
NYHA心機能分類とは心機能の重症度を評価するためのものです。身体活動の制限レベルに応じて4グループに分かれます。
エンレストの作用機序
| サクビトリル | バルサルタン | |
|---|---|---|
| 分類 | ネプリライシン 阻害薬 | アンギオテンシンⅡ 受容体拮抗薬 |
| 作用 | ナトリウム利尿ペプチドの作用亢進 | レニン・アンギオテンシン・アルドステロン系の抑制 |
| 効果 | 全身血管抵抗 Na利尿効果 心筋細胞の肥大・線維化 | 全身血管抵抗 体液量の増加 心筋細胞の肥大・繊維化 |
①バルサルタンはARBに分類されます。高血圧症に用いる薬剤ですね。アンギオテンシンⅡのAT1受容体に対する結合を妨げ、レニン・アンギオテンシン・アルドステロン系(RAAS)を抑制するのが作用機序です。RAASは一時的には心機能低下(心不全)に対する代償機構として働きます。末梢血管抵抗の増加、Naの貯留により循環血漿量を保つ働きがあるからです。しかし、長期的には心筋細胞の肥大、増殖など心筋リモデリングを亢進し、心機能低下を招きます。バルサルタンはRAAS系を抑制し、心不全の悪化・進行を抑制するのが作用機序です。
一方で、②サクビトリルはネプリライシン(NEP)阻害薬です。NEPはメタロペプチダーゼの1種で、ナトリウム利尿ペプチドであるANPやBNPを分解する働きがあります。サクビトリル(の活性代謝物)はNEPの阻害作用によりナトリウム利尿ペプチドの働きを高め、利尿効果と血管拡張作用により心臓の負担を和らげるのが作用機序です。RAASとはちょうど逆の作用ですね。
エンレストの作用機序:慢性心不全


エンレストの作用機序:高血圧





エンレストの作用機序はRAAS抑制とNa利尿ペプチド系亢進です。この2つの働きにより、心不全の増悪を防いだり、血圧の上昇を抑制します。
ACE阻害薬とNEP阻害薬の合剤
として、オマパトリラートという名前の薬剤の開発が進んでいたことをご存知ですか?実は重篤な血管浮腫の副作用が発現し、開発が断念された経緯があります。ブラジキニンへの影響がないARBを組み合わせたエンレストは安全性に配慮された製剤というわけですね。
2つの組み合わせは相性がいい!
NEPはアンギオテンシンⅡ(AII)の基質になります。サクビトリルだけではAIIの分解を妨げ、RAASを亢進させる可能性があるわけです。エンレストはサクビトリルとARBを組み合わせることで、RAASの亢進を抑えることができます。
Na利尿ペプチド系に働く注射薬がある!
カルペリチド(αヒト心房性ナトリウム利尿ペプチド:商品名ハンプ)です。急性心不全や慢性心不全の急性増悪期に使います。ペプチド製剤は消化管で分解されるため、経口投与できません。エンレストはANPの分解酵素をターゲットに、経口投与を可能にした製剤です。ある意味、ハンプの経口薬といえますね。
エンレストの投与方法
| エンレスト | エンレスト | |
|---|---|---|
| 効能又は効果 | 慢性心不全 | 高血圧症 |
| 投与回数 | 1日2回 | 1日1回 |
| 開始投与量 | 1回50mg | 1回200mg 減量可能(1回100mg) |
| 最大投与量 | 1回200mg・1日2回 | 1回400mg・1日1回 |
| 投与方法 | 忍容性を見ながら 漸増する 1回50mg・1日2回(2週間) 1回100mg・1日2回(4週間) 1回200mg・1日2回へ | 症状によって 調節する 1回100〜400mg |
①なぜ慢性心不全の用法は1日2回なのか?持続的かつ最大のNEP阻害作用の発現と低血圧の発現リスクの最小化を両立するためです。1日1回にまとめるよりも1日2回に分けた方が血中濃度の上昇を緩やかに、持続させることができます。
②慢性心不全を合併する高血圧患者の場合は、どちらの用法用量を選択すべきか?上述の理由から、1日2回の用法用量が優先されます。例えば、慢性心不全を合併し、エンレスト未投与の高血圧患者では、1回50mg・1日2回から開始します。ただし、高血圧に対してエンレスト投与中に慢性心不全を合併した場合には、1回50mg・1日2回の用法用量に変更(減量)したり、ACE阻害薬やARBに変更後に、再びエンレストに戻す必要はありません。忍容性がある現投与量で1日2回投与を選択すれば良いとされています。
慢性心不全を合併する高血圧症患者では、原則として慢性心不全の用法及び用量に従うこととするが、慢性心不全の発症に先んじて高血圧症の治療目的で本剤を使用している場合等は、患者の状態に応じて適切に用法及び用量を選択すること。
エンレスト錠 電子添文
③慢性心不全は忍容性を見ながら漸増により最大投与量を目指します。低血圧関連の有害事象を軽減しつつ、有効性が得られる投与量が1回200mgまで増量する必要があるためです(審議結果報告書参照)。参考までに、PARADIGM-HF試験の二重盲検治療期では1日平均投与量は374.6mg、最終来院時に目標用量を投与された患者割合は69.6%でした。増量の可否は下記基準をもとに判断します。


④高血圧の場合は症状に合わせて投与量を決定します。初回投与量は1回200mg・1日1回ですが、個別状況を鑑みて、半量(1回100mg・1日1回)を選択することも可能です。
本剤はサクビトリル及びバルサルタンに解離して作用する薬剤であるため、本邦のバルサルタンの承認用法及び用量での降圧効果、本剤の降圧効果を理解した上で、患者の状態、他の降圧薬による治療状況等を考慮し、本剤適用の可否を慎重に判断するとともに、既存治療の有無によらず1回100mgを1日1回からの開始も考慮すること。
エンレスト錠 電子添文



エンレストは適応によって投与方法が異なります。慢性心不全は「1日2回、漸増していく」、高血圧は「1日1回、症状により選択」する点は押さえておきたいですね。
まとめ
今回はエンレストについて適応の違いに注目しながら特徴をまとめました。1番の違いは、投与方法ですね。慢性心不全は1日2回の用法です。少量(1回50mg)から開始し、忍容性を見ながら目標用量までドーズアップすることが、期待した有効性(長期予後の改善)を得るために欠かせません。低血圧や高カリウム血症、腎機能低下等の増量基準は薬剤師として押さえておきたいポイントですね。一方で、高血圧は1日1回です。症状に合わせて投与量(1回200mg、半量も考慮)を決定します。エンレストはサクビトリルとバルサルタンの配合剤であり、他の降圧剤で効果が不十分な場合の選択肢の一つです。適応ごとに対象患者、臨床の位置付けも押さえておきたいですね。


