SGLT2阻害薬は手術前から休薬を!

当ページのリンクには広告が含まれています

今回のテーマはSGLT2阻害薬の術前休薬!

手術前に休薬が必要な薬はいくつかあります。

  • 抗血小板薬
  • 抗凝固薬
  • SERM
  • 低用量ピル

…などが有名ですね。

実はこの中に、SGLT2阻害薬も加わります

しかし、血液サラサラ系のように認知度は高くありません。手術を受けると聞いて、「あっ、SGLT2阻害薬を飲んでいないかな…」と咄嗟に思い浮かぶ人は少ないからです。

しかも、

手術前」からやめる!

というのが、イマイチわかりにくくないですか?もちろん、「手術日」や「手術後」にやめるのは理解できます。絶食または食事量が少ないときには低血糖症状のリスク(単独では低いけど)が懸念されるからです。でも、手術前のイメージは湧きにくいですよね。

今回はSGLT2阻害薬について、なぜ術前休薬の認知度が低いのか、その背景を考察しながら「手術前からやめるべき理由」と「休薬期間」について共有したいと思います。

目次

SGLT2阻害薬とは?

まずは基本事項の確認から。SGLT2阻害薬は最近話題の薬ですね。もともと2型糖尿病の薬として登場しました。尿細管におけるグルコースの再吸収を妨げて、インスリン非依存的に血糖値を下げる効果があります。単独では低血糖症状を起こしにくいのが特徴ですね。

まもなくして、一部で1型糖尿病に適応が拡大しました。また、海外の大規模臨床試験で心血管イベントの抑制効果等が明らかになり、心臓や腎臓の保護作用に注目が集まっています。最近では慢性心不全に適応が追加になった薬剤もありますよね。

そして、さらに2021年8月には慢性腎臓病にも適応が追加されました。

参考までに

SGLT2阻害薬の特徴と副作用等については、下記に詳しくまとめています。是非お読みくださいませ♪

このように、SGLT2阻害薬は、注目度アップにより処方量が増加傾向です。手術を受ける患者さんがSGLT2阻害薬を服用しているケースも多くなっています。

それなのに、術前休薬はそれほど浸透していない印象……。なぜでしょうか?

SGLT2阻害薬:術前休薬の認知度が低い理由

SGLT2阻害薬の術前休薬、認知度が低い理由は大きく2つあると思います。

  1. 添付文書に明確に書いていない
  2. 術前休薬の理由がはっきりしない

正直言って①添付文書の表記がわかりにくい!

下記のように、よく見ると確かに書いてあるけど、他の情報に紛れており見落としかねません。さらっと読むだけではスルーしてしまいそう…。

禁忌 

重症感染症、手術前後、重篤な外傷のある患者

各SGLT2阻害薬、電子添文

一方で、SERMはわかりやすい

以下のように、医療者が取るべき行動が具体的に明記されているからです。これならきっと見逃さないですよね。

重要な基本的注意 静脈血栓塞栓症(深部静脈血栓症、肺塞栓症、網膜静脈血栓症を含む)のリスクが上昇するため、長期不動状態(術後回復期、長期安静期等)に入る3日前には本剤の服用を中止し、完全に歩行可能になるまでは投与を再開しないこと 

エビスタ錠 電子添文

選択的エストロゲン受容体モジュレーター
Selective Estrogen Receptor Modulator:SERM

では、電子添文に記載があるのを知っていたとして、

②どうして術前に休薬しなければならないのか?

理由がピンときません……。

もちろん、抗血小板薬や抗凝固薬であればよくわかります。手術中や手術後の出血リスクが高まるからです。明快ですね。

しかし、「手術前にSGLT2阻害薬を止める、その理由は……?」と聞かれたらどうでしょう。私もこの記事を書くまでは答えられませんでした。

糖尿病薬のため手術当日や手術後に止めるのはわかっていても、

「手術前は?」

と言われると、

「はてなマーク」が頭に浮かぶ人も多いのではないでしょうか?

SGLT2阻害薬は術前に休薬しないといけないのに、その記載は添付文書内にしれっと紛れ込んでいるし、その理由もイメージしにくいのが、認知度を下げる要因だと思います。

SGLT2阻害薬を手術前に中止する理由

では、手術前にSGLT2阻害薬を休薬すべき理由は何か?

答えは糖尿病性ケトアシドーシス(diabetic ketoacidosis:DKA)を予防するためです

なぜ、SGLT2阻害薬でDKAが起こるのか、具体的に説明します。

DKAとは

インスリンの作用不足
インスリン拮抗ホルモンの作用亢進によるグルコースの代謝障害のことです。

何らかの要因でグルコースの代謝障害が起こると、糖質がうまく利用できず(高血糖)、代わりに脂質の代謝が亢進し、以下のようにケトン体が過剰に産生されます(ケトーシス、アシドーシス)

トリグリセリド→脂肪酸→ケトン体アセト酢酸、アセトン、βヒドロキシ酪酸

ご存知の通り、1型糖尿病はDKAを発症しやすい病態です。インスリンの過度な減量や打ち忘れ等により、容易にグルコースの代謝障害(インスリンの作用不足とグルカゴン等の作用増加)が起こるからです。また、2型糖尿病でも極端な糖質制限や脱水等により、グルコースの代謝障害が生じ、発症リスクが高まります。

DKAは症状が進行すると意識低下や昏睡、場合によっては死に至る場合もあるので注意が必要です。

DKAの病態
  • 高血糖(250mg/dL)
  • ケトーシス(βヒドロキシ酪酸↑)
  • アシドーシス(pH7.3以下)

糖尿病診療ガイドライン2019

SGLT2阻害薬はDKAを引き起こす可能性がある

では、なぜSGLT2阻害薬はDKAの発症リスク増加させるのか?

尿中のグルコース排泄促進により、脂質の代謝を亢進させる作用があるからです。血中グルコース濃度の低下は、インスリン分泌を減らし、代わりに脂肪組織における脂質代謝を亢進し、遊離脂肪酸が肝臓でケトン体に変わります。特に、過度な糖質制限や脱水時、1型糖尿病患者では、その傾向が強くなり、DKAのリスクが上昇します。このように、SGLT2阻害薬はグルコースの代謝障害を助長し、DKAを発症させる可能性があるわけです。

また、SGLT2阻害薬の投与中はDKAの発見が遅れるのも問題視されています。インスリン非依存的に尿中へ糖を排泄することにより、血糖値の上昇が抑えられるからです。正常血糖ケトアシドーシスといいます。

一方で、周術期もDKAが起こりやすい状態!

ここがポイント!

侵襲ストレスによりインスリン分泌が低下する一方で、拮抗ホルモンであるグルカゴンやアドレナリンの作用が亢進するからです。脂肪分解が促進しケトン体の生成が高まります。

つまり、「SGLT2阻害薬」と「周術期」はどちらもDKAのリスク因子なのです

SGLT2阻害薬を飲んだままだと、周術期のDKAのリスクが高まります。だから、周術期(手術前後)に休薬が必要になるわけです。

SGLT2阻害薬を中止するタイミング

では、手術前休薬が必要として、どのくらい前に中止すべきか?

添付文書には記載がありません

先述のとおりです。webで検索すると「1日前」と決めている施設が多い印象があります。

FDAが添付文書を変更!

ご存知の人も多いかも知れませんが、2020年3月にアメリカ食品医薬品局(FDA)がSGLT2阻害薬の手術前休薬について、添付文書の変更を承認しました。

FDA revises labels of SGLT2 inhibitors for diabetes to include warnings about too much acid in the blood and serious urinary tract infections

術前休薬のタイミングは以下のとおり

少なくとも3日前
少なくとも4日前
  • カナグリフロジン(カナグル)
  • ダパグリフロジン(フォシーガ)
  • エンパグリフロジン(ジャディアンス)
  • エルツグリフロジン(国内未発売)

なぜ、3日前なのか?

明確な記載はないですが、おそらく半減期と関係があると思います。血中から消失するまでの期間とおおよそ一致するからです。薬剤が血中から消失するまでの期間は、半減期(t1/2)の4〜5倍に相当します。計算すると下記です。

一般名半減期血中から消失するまでの時間
ダパグリフロジン約8〜12時間32〜60時間
カナグリフロジン約10時間40〜50時間
エンパグリフロジン約14〜18時間56〜90時間
※半減期は各電子添文を参照

薬剤間で多少の差はあるものの、おおよそ3日程度ですね。

では、国内でのみ発売されている薬はどうすれば?

半減期から考えて、上記薬剤と同様に3日前で良いと考えられます

以下のように半減期も大きく変わらないからです。ただし、トホグリフロジンは半減期が短めなので1、2日くらい前でも良いかも知れません。

一般名半減期血中から消失するまでの時間
イプラグリフロジン約15時間60〜75時間
トホグリフロジン約5.4時間22〜27時間
ルセオグリフロジン約11時間44〜55時間
※半減期は各電子添文を参照

このように、国内の添付文書には明確な休薬期間が示されておりませんが、FDAの基準を参考に、予定手術の少なくとも3日前からの休薬が望ましいといえます。

国内もFDAに準ずる対応を追加!

日本糖尿病学会の「SGLT2阻害薬の適正使用に関するRecommendation」においても、下記のように周術期の対応が追加されました(2020年12月25日改訂)。

周術期におけるストレスや絶食により、ケトアシドーシスが惹起される危険性があるため、手術が予定されている場合には、術前3日前から休薬する。術後、摂食が十分できるようになってから再開し、再開後はケトアシドーシスの症状に留意する

SGLT2阻害薬の適正使用に関するRecommendation

日本腎臓病学会からも「CKD治療におけるSGLT2阻害薬の適正使用に関するrecommendation」が公開されました(2022年11月29日)。糖尿病学会と同様の対応です。

食事摂取ができない手術が予定されている場合には,術前3日前から休薬し,食事が十分摂取できるよ うになってから再開する

CKD治療におけるSGLT2阻害薬の適正使用に関するrecommendation

さらに、日本循環器学会からも「心不全治療におけるSGLT2阻害薬の適正使用に関するRecommendation」が公開されました(2023年6月15日)。今までと違って、2型糖尿病の合併の有無により、異なる対応が明記されています。2型糖尿病ではなく慢性心不全の適応で服用中の方は、3日前休薬ではなく、終日絶食になる日から休薬するかたちです。たとえば、手術当日だけ絶食の場合は、当日から休薬ということになります。

2型糖尿病を合併したSGLT2阻害薬を使用中の心不全患者が、食事摂取制限を伴う手術を受ける場合には、手術3日前から休薬し、術後は食事摂取が可能になってから再開する。一方、2型糖尿病を合併しない心不全患者では、術前の終日絶食日にSGLT2阻害薬を休薬し、術後は食事摂取が可能になってから再開する

心不全治療における SGLT2 阻害薬の適正使用に関する Recommendation

処方目的によって異なるのは煩雑ですね…。

SGLT2阻害薬チェックリスト

最後に、手術前に休薬すべきSGLT2阻害薬をリストにまとめました。

SGLT2阻害薬:一覧表

国内で使用できるものは、全部で6成分あります。以前はアプルウェイ(一般名トホグリフロジン:デベルザと同じ)もありましたが、販売が中止されました(2022年3月で経過措置期限切れ)。

一般名商品名規格・剤型慢性心不全の適応
イプラグリフロジンスーグラ錠25mg、錠50mg
ダパグリフロジンフォシーガ錠5mg、錠10mg
カナグリフロジンカナグル錠100mg
エンパグリフロジンジャディアンス錠10mg、錠25mg10mgのみ
トホグリフロジンデベルザ錠20mg
ルセオグリフロジンルセフィ錠2.5mg、錠5mg、ODフィルム2.5mg

SGLT2阻害薬の配合薬:一覧表

また、SGLT2阻害薬には配合剤があります。ここが見落としやすいので要注意です。

現時点で4品目あります。

商品名SGLT2阻害薬DPP-4阻害薬
スージャヌ配合錠スーグラ50mgジャヌビア50mg
カナリア配合錠カナグル100mgテネリア20mg
トラディアンスAP配合錠ジャディアンス10mgトラゼンタ5mg
トラディアンスBP配合錠ジャディアンス25mgトラゼンタ5mg

手術を受ける」と聞いたら、「SGLT2阻害薬」や「SGLT2阻害薬の配合剤」の服薬がないか確認ですね。

参考までに

SGLT2阻害薬の比較は別記事でまとめているので、合わせてご覧いただけたら嬉しいです。

まとめ

今回はSGLT2阻害薬の術前休薬について解説&考察しました。

SGLT2阻害薬は手術前に休薬しなければなりません。周術期の糖尿病性ケトアシドーシスのリスクを増加させるからです。ここがもっと認知されて欲しいところ!

それに、SGLT2阻害薬の処方量は今後ますます増えると思います。心血管イベント抑制効果や心臓、腎臓の保護作用等に注目が集まっているし、進行中である臨床試験の結果次第では、糖尿病薬の枠を超えて、さらに適応の拡大が予想されるからです。

その分、手術前のチェックがより重要になります!

手術を安全に受けて頂くためにも、血液サラサラ系やSERMなどと同様に見逃さないように気をつけたいですね。特に配合剤の存在は意外と盲点なので、薬剤師の腕の見せ所だと思います♪

目次