脳梗塞のクスリといえば、“血液をサラサラにする薬”
ほかにもいくつかあります。
たとえば
・一度固まった血液を溶かしてしまう優れもの。
・脳が傷ついていくのをガードしてくれるツワモノ。
・脳の腫れを和らげてくれる…ものなど。
いろんな種類のクスリたちが活躍してくれる。
今回は脳梗塞、特に急性期に使用するクスリに注目。脳梗塞の種類、血栓の違いも含めて、わかりやすく解説していきます。
まずは脳卒中の分類から

脳卒中は大きく3つに分類することができます。
- 脳梗塞
- 脳出血
- くも膜下出血
脳出血とくも膜下出血を合わせて、出血性脳卒中です。脳梗塞は、虚血性脳卒中ということもあります。
脳出血とは?
脳の実質内を走っている細い動脈が破れた状態です。血液が漏出し血の塊ができて組織を圧迫します。
血管に対する圧力が高い状態が続くと血管に負担がかかり、ついには破れてしまう。抗血栓薬を飲んでいる人は出血を助長しやすいので注意が必要です。
脳出血は、症状が重い場合には後遺症が残ったり命の危険につながる場合もあります。
くも膜下出血とは?
脳とその外側にあるクモ膜の間にできた血管のコブ(脳動脈瘤)が破裂した状態です。脳の表面(くも膜下腔)に出血が見られます。
激しい頭痛と嘔気が特徴的です。死亡率が高く発症した人の約3割が亡くなるといわれております。
脳出血やくも膜下出血などで使用する薬剤は?
薬物療法は以下のとおりです。
- 再出血を予防する→降圧剤
- 脳の腫れを軽減する→抗脳浮腫薬
薬物療法に加えて、外科的手術を行うことも
脳出血の場合、血液を取り除くための手術(開頭手術や内視鏡手術など)、くも膜下出血では開頭によるクリッピング術や侵襲の少ないカテーテルを用いた血管内治療であるコイル塞栓術などが適応です。
2018年日本脳卒中データバンク報告書によると、出血性脳卒中の割合は全体の4分の1程度と少なめで、脳卒中の大半は脳梗塞が占めることがわかっています。
脳梗塞とは?
脳梗塞は3つのタイプに分かれ、特徴は以下のとおりです。
- ラクナ梗塞…脳内の細い血管が詰まる。日本人に多く、高血圧が危険因子。
- アテローム血栓性梗塞…脳の太い血管が閉塞する。動脈硬化による血管内プラークが破れることが原因。高血圧や脂質異常症、糖尿病など生活習慣病が危険因子。
- 心原性脳塞栓…心房細動や弁膜症などが原因。心臓の血流が鬱滞してできた血の塊が脳に運ばれて血管を詰める。
ここからは脳梗塞の急性期に使用する薬剤について見ていきます。
脳梗塞急性期に使う薬

脳梗塞急性期に使用する薬は大きく5種類です。
- 血栓溶解薬
- 抗血小板薬
- 抗凝固薬
- 脳保護薬
- 抗脳浮腫薬
順番に見ていきます。
血栓溶解薬
・t-PA静注療法…アルテプラーゼ(推奨グレードA )
t-PAとは組織型プラスミノゲンアクチベータ(tissue plasminogen activator)の略。血漿中のプラスミノーゲンをプラスミンに変換してフィブリン血栓を溶かす作用があります。
ラクナ梗塞やアテローム血栓性梗塞、心原性脳塞栓などです。
米国の臨床試験では以下のとおりです。
- 3ヶ月後に障害のない程度までに回復した人の割合は39%(非投与の場合26%)
- 3ヶ月以内の死亡率は17%(非投与21%)
日本でも海外と同程度の有効性(36.9%)が確認されています。
プラスミノーゲンをプラスミンへ変換する酵素(ウロキナーゼ型プラスミノゲンアクチベータ:uPA)で、血栓を溶かします。作用機序はアルテプラーゼと同じです。
しかし、フィブリンとの親和性が低く、投与量が多いと全身性の線溶系を亢進し、出血性合併症が起こりやすいデメリットから最近ではほとんど使われていません。
半減期が長めのt-PA製剤です。適応は急性心筋梗塞と急性肺塞栓症のみで、脳梗塞には使用できません。
梗塞部位を開通させてペナンブラを助ける
t-PA製剤は血栓を溶かして、ペナンブラを救うために使います。
ペナンブラは梗塞部位の周辺組織にあって、血流回復により助かる可能性のある領域のことです。血管が詰まり、完全に血流が途絶えると時間経過と共に脳細胞が死滅しますが、周りには助かる可能性のある細胞が残されています。
期待した効果を得るためには、時間との勝負になります。
t-PA療法の限界!?
画期的なt-PA製剤は誰にでも投与できるわけではありません。
出血合併症のリスクがあるからです。米国の試験では「症状の悪化を伴った頭蓋内出血」の頻度は6%で、プラセボ群0.6%に比べて、出血リスクは約10倍に増加することがわかっています。
2019年3月にrt-PA(アルテプラーゼ)静注療法適正治療指針が改定、以下の例外規定が追記されました。
ただし、発症時刻が不明であっても、頭部 MRI 拡散強調画像の虚血性変化が FLAIR 画像で明瞭でない場合には発症 4.5 時間以内の可能性が高い。このような症例に静注血栓溶解療法を行うことを考慮しても良い
非常に有効なt-PA製剤には【厳格な使用基準が設定】されており、臨床所見や血液所見、画像所見など多くの項目を確認し、有効性と危険性を天秤にかけて、投与の要否と可否を慎重に検討することが求められています。
残念ながら、誰にでも使えるクスリではないんですね。
参考文献)rt-PA(アルテプラーゼ)静注療法適正治療 指針第三版
抗血小板薬

脳梗塞急性期に使うのは下記です。
・アスピリン ( 推奨グレードA )
・オザグレルナトリウム( 推奨グレードB )
アスピリンは発症48時間以内の脳梗塞に、オザグレルナトリウムは、心原性脳塞栓症を除く脳梗塞(発症5日以内に開始)に推奨されています。
アスピリンはシクロオキシゲナーゼ(COX)を、オザグレルはトロンボキサンA2合成酵素を阻害して抗血小板作用を発揮します。
ラクナ梗塞やアテローム血栓性脳梗塞など血小板が主体の動脈血栓症に対して使用するのが基本です。
アスピリンは稀ですが、急性期に心原性脳梗塞に使うことも、オザグレルはクモ膜下出血術後の脳血管攣縮およびこれに伴う脳虚血症状の改善にも適応があります。
抗血小板療法の目的は
神経症状の悪化を抑制するとともに再発を予防することです。
脳梗塞の急性期は血小板凝集や凝固能が亢進しており、病状が悪化、進行していく危険な状態なので、これ以上血栓ができないようにしたり、血液の循環を良くして脳細胞の機能低下を最小限に食い止めるために抗血小板薬を用います。
抗血小板薬を2剤併用することもあります。アスピリンにクロピドグレルやシロスタゾールなどを組み合わせる処方のことです。
DAPTは心原性脳塞栓症を除く脳梗塞やTIAの亜急性期までの治療として推奨されています。(グレードB)ただし、強力な効果の反面、出血性合併症のリスクが高いので短期間の投与が基本です。
DAPTについては、こちらの記事も参考にして下さいね。

抗凝固薬

脳梗塞急性期に使うのは下記です。
・ヘパリン(推奨グレードC1)
・アルガトロバン(推奨グレードB)
【進行性の脳梗塞】に使用されますが、実は十分な有効性は示されておらず出血性合併症を増加することからエビデンスレベルは低めです。ヘパリンはトロンビンや第Ⅹa因子を阻害するアンチトロンビンを活性化して抗凝固作用を示します。
従来は、ヘパリンを少量投与しつつ、ワルファリンへ切り替えていく方法が一般的でしたが、最近では効果発現の速いDOACが比較的早期から使用されるようになっています。
発症48時間以内で病変最大径が1.5cmを超す【アテローム血栓性脳梗塞】に推奨されています。一方、出血性梗塞のリスクから心原性塞栓症には禁忌です。
ここで疑問が生じます。
通常は、抗凝固薬の適応は心原性脳塞栓症など凝固因子主体の静脈血栓症です。ところが、ヘパリンが適応になる進行性の脳梗塞には非心原性脳塞栓も含まれるし、アルガトロバンは動脈血栓であるアテローム血栓性脳梗塞に適応があります。
どうして、動脈血栓症にも抗凝固薬なのか?
理由は、動脈血栓症では血小板の関与が強いものの、血栓の形成には凝固因子の関与もあるからです。特に急性期においては抗凝固作用により血液の流れを良くし、脳細胞の死滅を軽減する効果が期待されます。
心房細動における心原性脳塞栓症の予防にはワルファリンやDOACなど抗凝固薬を使用するのが基本だけど、脳梗塞の急性期には静脈血栓症に加えて、動脈血栓症にも抗凝固薬を使用する場合があるということです。
脳保護薬

脳梗塞急性期に使用する脳保護薬は下記です。
・エダラボン( 推奨グレードB )
脳組織に発生したフリーラジカルを除去する効果があります。臨床試験では脳梗塞急性期の神経症候,日常生活動作障害,機能障害の改善が認められました。
ラクナ梗塞、アテローム血栓性脳梗塞、心原性塞栓症などです。
筋萎縮性側索硬化症に使用されています。脳梗塞急性期の治療薬として承認されているのは国内のみです。
腎機能障害に注意!
エダラボンは急性腎不全のリスクがあります。
ご存知の方も多いですよね。エダラボンは発売された後に急性腎障害の副作用が相次ぎ「緊急安全性情報」が発行された経緯があります。
注意すべきことは以下の3点です。
- 重篤な腎障害のある人には使用しない
- 腎機能障害、肝機能傷害、心疾患のある人には慎重に投与する
- 投与中は腎機能のモニタリングを行う
投与前のチェックと副作用のモニタリングが大切ですね。
抗脳浮腫薬

脳梗塞急性期に使用する抗脳浮腫薬は下記です。
・マンニトール( 推奨グレードC1 )
・グリセオール 推奨グレードB )
どちらも糖アルコールを薬効成分とする浸透圧性の利尿剤です。高く設定された浸透圧により組織から水を引き込み脳浮腫を軽減します。
脳が腫れた状態では、組織が圧迫され神経症状が生じたり後遺症が残ったり、死に至るケースもあるのでむくみをとる治療が必要です。
違いを簡単に押さえておきましょう。
マンニトール
強力な抗浮腫作用が特徴です。
薬効の強さを生かして高度の脳浮腫や脳ヘルニアなど限られた状況に使用されます。基本的には緊急時にICUや手術室で使用する薬剤です。
生体内では代謝されず、ほとんどが腎臓から排泄されるため、腎機能への負担が大きいことが懸念されます。効果がシャープである反面、電解質の乱れや、薬効消失後のリバウンドが現れやすいのがデメリットです。(脳卒中急性期に有効とする明確な根拠がないのでエビデンスレベルは低め)
「脳浮腫がある、今すぐに頭蓋内圧を下げなければ命に関わる」といった緊急事態に選択されるとっておきの薬剤です。当施設でも使われる機会は少なく緊急事態に対処できるよう常備されています。
グリセオール
抗浮腫作用が緩徐で安全性が高いのが特徴です。
主に肝臓で代謝されます。電解質の乱れやリバウンド現象なども起こりにくく、管理がしやすいので一般病棟で使用されることが多い薬剤です。
高張グリセロール静脈内投与は、脳卒中一般の急性期の死亡を減らすことが示されているので頭蓋内圧亢進を伴う重篤な脳卒中の急性期に推奨されています。(ただ、長期的な予後や機能予後に関する効果は明らではないようです)
とにかく効果を重視するならマンニトール、安全性に配慮するならグリセオール。効果と安全性の違いによる使い分けを押さえておきましょう。
参考文献)脳卒中治療ガイドライン2015
まとめ

最後にまとめておきますね。
ポイントは以下のとおりです。
- 脳梗塞急性期の治療目的は、ペナンブラを守り、神経症状の悪化や再発を防ぐこと
- 血栓溶解療法や抗血小板療法、抗凝固療法はそれを達成するための手段
- 適応が許せば血栓溶解療法を!
- ラクナ梗塞とアテローム血栓性脳梗塞など動脈血栓症に抗血小板療法が適応
- 静脈血栓症である心原性脳梗塞には抗凝固療法が基本
- 症状に合わせて、脳保護薬、抗脳浮腫薬などを使う場面も
★ ★ ★ ★ ★
今回は脳梗塞急性期の治療薬をテーマに、脳梗塞の病態やクスリの使いわけについて解説しました。
病態と経過によって使う薬がおおよそ決まっているので、適応症を整理しておくのがおすすめです。
脳梗塞で入院した患者さんにアスピリンが処方されたら、「きっと非心原性脳梗塞だな、ラクナとアテロームどっちだろ?」逆に、DOACやワルファリンが処方されたら「心原性の方かな?」と病態を予測することができます。
最後まで読んでいただきどうもありがとうございます。
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