ピルシカイニドの過剰投与による医療事故が起こりました。
概要は後述しますが、薬剤師の関与がある事例です。
「どうしてこんなことが起こるの?」
「薬剤師は何してたの?」
と、憤りを覚える一方で、自施設でも同様のことが起こるかも知れないという危機感を持ちました。
二度と事故を起こさないためにできることは何か?
今すぐ取り組める安全対策について考察したので、共有したいと思います。
要約:ピルシカイニドの医療事故
事故の概要は下記のとおりです
大腿骨骨折で入院した80代の女性患者。発作性心房細動で投薬中のアプリンジンに代わり、入院4日目に抗不整脈薬ピルシカイニドが処方された。同患者は腎不全により週3回の透析を行っていた。同薬は腎排泄型の薬剤であり、減量すべきであったが、医師が添付文書を確認せずに通常量を処方。入院10日目に心室頻拍が出現、死亡に至る。
以下ポイントを整理します。
なぜ、死亡事故に至ったのか?
通常量の6倍に相当するピルシカイニドが処方されたからです。
以下のように通常量は150mgですが、透析患者さんの開始量は25mg/日に減らさなければなりません。腎排泄型の薬剤であり、腎機能に応じた投与量の調節が必要だからです。今回の事例では、減量せずに6倍量(25mg×6=150mg)のピルシカイニドが投与されました。
通常、成人にはピルシカイニド塩酸塩水和物として、1日150mgを3回に分けて経口投与する。なお、年齢、症状により適宜増減するが、重症又は効果不十分な場合には、1日225mgまで増量できる。
腎機能障害のある患者に対しては、投与量を減量するか、投与間隔をあけて使用すること。特に、透析を必要とする腎不全患者では、1日25mgから投与を開始するなど、患者の状態を観察しながら慎重に投与すること。
サンリズム電子添文
その結果、血中濃度上昇に伴う不整脈により亡くなられたわけです。不整脈の薬は過量投与により、催不整脈作用を誘発することが知られています。
本剤の過量投与、高度の腎機能障害により、本剤の血中濃度が上昇した場合、刺激伝導障害(著明なQRS幅の増大等)、心停止、心不全、心室細動、心室頻拍(Torsades de pointesを含む)、洞停止、徐脈、ショック、失神、血圧低下等の循環器障害、構語障害等の精神・神経障害を引き起こすことがある。
サンリズム電子添文
なぜ、整形外科医がピルシカイニドを処方したのか?
不思議ですよね。整形外科の先生が新規で不整脈の薬を出すことは普通ないからです。おそらく持参薬Doの指示だったと思われます。もともと飲んでいたアプリンジンが病院の採用薬ではなかったので、代わりに同効薬のピルシカイニドを処方したわけです。
ここに、薬剤師の関与があったと思います。入院前の服薬状況を把握して、採用薬がなければ代替薬の提案を行うのは病院薬剤師の仕事だからです。
医師とどのようなやりとりがあったのかはわかりませんが、薬剤師の提案をもとに、整形外科医は処方したものと思われます。
なぜ、薬剤師は過量投与に気づかなかったのか?
残念ながら、詳細は分かりません。
- 疑義に思わなかったのか?
- たまたま見逃してしまったのか?
- 検査値(腎機能)の情報がなかったのか?
どうなのでしょうか。いずれにせよ、病院薬剤師は何をやってたの?という印象。
記事によると、「主治医から慢性腎不全であることを知らされていなかった」「患者の情報を共有する手順がルール化されていなかった」とありますが、私はここに強い違和感を覚えました。
知らされなくても、カルテ等から情報をとりにいけばいい話だからです。実際のところはよくわかりませんが、医師の処方ミスを薬剤師が確認するというダブルチェックの仕組みが働かなかったといえます。
薬剤師が今すぐできる解決策
では、今回の事故が二度と起こらないためにはどうすればいいのか?
大きく3つあると思います。
- 知識のアップデート
- 腎機能チェック体制を強化
- 代替薬の提案はリスクを想像する!
順番に見ていきましょう
知識のアップデート
ピルシカイニドは代表的な腎排泄型薬剤です。知らなかった人はこれを機に記憶に定着させましょう。
以下のように他の抗不整脈と比べても、尿中未変化体排泄率はかなり高いです。
抗不整脈薬:尿中未変化体排泄率の比較
ピルシカイニドは堂々の第一位。それに、ソタコール、シベンゾリンが続きます。あと、ジゴキシン(60-70%、ジゴシン錠、電子添文より)も腎排泄型ですね。
これらの薬剤は腎機能に合わせた投与設計が欠かせません。排泄遅延による副作用の発現リスクが高まるからです。慢性腎臓病(CKD)や透析患者さんでは、投与量のチェックを必ず行う習慣を身につけましょう。
ピルシカイニドの腎機能別投与量は以下のとおり
- 常用量…150~225mg分3
- 30~59…50mg分1
- 15~29…25mg分1
- 15未満…25mgを48時間ごと
- HD、PD…25mgを48時間ごとから開始
ここは、電子添文と相違があります。透析の場合、ガイドラインでは25mgの隔日投与からスタートですね。
腎機能をもとにどのように処方監査を行えばいいのか?詳しくは別記事にまとめていますので、合わせてご覧くださいね。
また、ピルシカイニドはTDMの対象薬剤です。抗不整脈薬療法中の安全性を高めるために活用できます。ルーチンで行う必要はありませんが、投与量を変更したり、副作用が疑われるときなどに、実施を検討するかたちです。
TDMのタイミングは?
一般的には定常状態に到達した、投与直前に行います。半減期の4~5倍が経過した時点です。
以下のように、ピルシカイニドは腎機能低下とともにに半減期が大きく伸びます。たとえば、透析の患者さんでは5日後ぐらいが目安です。
ピルシカイニドは代表的な腎排泄型薬剤です。透析患者さんを含め腎機能が悪い人では減量しなければなりません。まずはここを押さえておきましょう。
腎機能チェック体制を強化
続いて2つ目。
処方監査の時に腎機能チェックを行う体制が必要だと思います。いくら知識がアップデートされていても、個人任せでは確認が漏れる可能性があるからです。ルーチン業務として、薬剤師全員が取り組むべきだと感じました。
①腎機能別投与量一覧表は必須ですね。添付文書をいちいち見る余裕がないので、採用薬はもちろん、持ち込み薬に備えて汎用薬剤はリストアップしておいた方が良いと思います。
こんな感じの表です
通常量 | 20≦Ccr<50 | Ccr<20 | |
---|---|---|---|
クラビット | 500mg×1 | 初回500mg 以降250mg×1 | 初回500mg 以降250mgを隔日 |
私の施設では以下のサイトを参考に作成しています。
処方箋をざっと見て、腎排泄型薬剤をピックアップ!
できるようになるのが目標です。日常業務としてやってると次第に峻別できるようになります。
次に②調剤と監査担当によるダブルチェック体制は必須です。できれば、病棟薬剤師が服薬指導前にチェックする体制が整っていたら、調剤をすり抜けても、あとから気づくことも可能。安全性が高まります。
③システムの活用は施設ごとにできる範囲の取り組みです。ヒトの目とシステムを合わせて、とにかくチェックが漏れないようにすることが大切ですね。
薬剤部全体で腎機能チェックを行う仕組みを作る!医療安全の観点から今すぐ取り組むべきだと思います。
代替薬の提案はリスクを想像する!
最後に3つ目。ここは今回の事故で重要性を感じました。
どうすれば事故は防げたのか?
代替薬変更に伴うリスクを想像できれば、過量投与は回避できたと思います。
たとえば、ピルシカイニドが代替薬の場合
腎排泄型の薬剤だけど、この人は腎機能、大丈夫かなぁ?
と想像力を働かせると、カルテから腎機能を確認し、減量の必要性に気づくからです。仮に検査値がなかっても、病歴や併用薬等から腎機能低下の可能性はないか考えるでしょう。
さらに、医師に情報提供を行う場合でも
腎代替薬の名称(ピルシカイニド)だけの記載だと、通常量が処方されるかも知れない?
と危険の察知により、以下のように「代替薬の投与量」までを鑑別報告書に記載したり、医師に直接伝えるといった行動にもつながると思います。
アプリンジン◯mg/日
→(代替薬)ピルシカイニドを1回25mg、48時間ごとに投与
同様に、プロパフェノンを代替薬とした場合には
肝代謝だから腎機能は問題ないか。でもCYPの相互作用があるので、併用禁忌や注意薬の確認はしておいた方がいいかも?
と思考が働き、事前にリスク回避に努めるようになります。
結局、代替薬のリスクを想像することは、変更後の薬物療法にまで責任を負うことに他なりません。薬学的な判断に必要な情報(患者背景、既往歴、検査値、併用薬など)を主体的に集め安全対策に取り組む仕事スタイルだからです。患者さんにとって安心ですね。
一方で、A→Bとだけ代替薬を提案するのは、私は無責任だと思います。患者さんを見なくてもできる仕事だからです。薬効分類や作用機序、適応をもとにある意味機械でも行えます。
代替薬の提案は患者さんのリスクを想像して行う!医療事故を防ぐために今すぐできる対策の一つだと思います。
まとめ
今回はピルシカイニドの医療事故を受けて、薬剤師が今すぐできる安全対策について考察しました。
本記事のポイント
- 知識のアップデート(ピルシカイニド=代表的な腎排泄型薬剤)
- 腎機能チェック体制を強化する
- 代替薬の提案はリスクを想像する!
記事を書きながら感じたのは、
個人だけでなく、職場全体で取り組む重要性
いくら知識を増やしても個人の記憶や集中力だけでは、ミスを防ぎきれないからです。一人の薬剤師がどれだけ頑張っても、できることに限界があります。
薬剤部、薬局全体でインシデントやアクシデントを共有し、再発予防策を検討し、日常的に処方監査の手順を見直していく!そんな地道な取り組みが、安全な薬物療法の担保につながると思いました。