もし、手術中に血が止まらなかったら!?
考えただけでも、恐ろしいーー。
術者の慌てる顔なんて想像したくないですよね。手術前は血液をサラサラにする薬を中止する!これが基本です。
でも、ちょっと待ってください!?血液サラサラ系は必ずやめられるのか?
答えはNOです。
中止すると、とても危険なケースがあります。
今回は、手術前の休薬をテーマに、血液サラサラ系を中止すると危ない!そんなケースを見分けるためのポイントを解説します。
手術前に休薬するメリットとデメリット
手術を安全に受けることができる
当たり前ですが、これがメリットですね。
抗血栓薬を服用したままだと、手術中の止血操作に難渋したり、大出血が発生し輸血を必要とする場合もあります。
手術後だってもちろん危険です。血腫ができたり貧血の進行により、術後の早期回復を妨げる可能性もあります。
抗血小板薬や抗凝固薬の手術前休薬は、周術期を安全に過ごすために欠かせません。ある意味手術前の掟(おきて)のようなものですね。
血栓症が起こる可能性がある
デメリットは血栓症のリスクですね。
血液サラサラ系をやめると、かえって危険な場合があります。
ある報告では、ワルファリンを飲んでいる人が抜歯の時に休薬すると、約1%に脳梗塞が発症。うち8割が死亡するとのこと。
(※Arch Intern Med, 158: 1610-1616, 1998.)
発症頻度はわずかであっても、致死的である点は軽視できません。
以前は、抗血栓薬を中断して抜歯することが大半でしたが、最近では血栓症のリスクに配慮し休薬せずに行うのが基本です。
休薬の可否は両方の視点が必要!
血液サラサラ系は中止できるか?
考えるときには、休薬によるメリットとデメリット、この両方の視点が必要です。どちらか片方だけでは足りません。
ここからは、①手術による出血リスクと②休薬に伴う血栓症のリスクを詳しく見ていきます。手術前に休薬ができるかは、この順番で考えるのが一般的です。
①手術による出血リスクを考える
手術の種類や方法によって出血リスクが異なります。
手術には出血がつきもの。だけど、出血の危険度は当然、一律ではありません。
・出血リスクはどのくらいなのかを意識することが、抗血栓薬中止の要否を検討する上で大切です。
出血の危険度の違いは?
出血リスクの危険度は外科手術と内視鏡的手術に分けて考えるとわかりやすいです。
代表的なものを下記になります。
出血の危険度が高い手術
- 外科的手術…大腸がんや胃がんなど消化管の開腹手術や腹腔鏡手術、人工骨頭や関節の置換術、冠動脈バイパス手術、頭蓋内手術、脊椎、骨盤手術など
- 内視鏡的手術…ポリープ切除、粘膜切除術(EMR)、粘膜下層剥離術(ESD)、胃ろう造設術(PEG)、乳頭括約筋切開術など
出血の危険度が低い手術
- 外科的手術…抜歯や白内障手術、体表面の手術など
- 内視鏡的手術…バルーン内視鏡、ステント留置、乳頭バルーン拡張術など
参考文献)循環器疾患における抗凝固・抗血小板療法に関するガイドライン2009改訂版、抗血栓薬服用者に対する消化器内視鏡ガイドライン
薬剤師が出血リスクを考えて休薬の指示を出すわけじゃないけど、知っておくとダブルチェック機構が強化されて、より安全な周術期管理が行えます。
抗血栓薬は中止すべきか?
基本的な考え方
出血の危険度によって抗血栓薬中止の要否を考えます。
以下のとおりです。
- 出血の危険性が高い手術…抗血栓薬を中止
- 一方、出血の危険性が低い手術…抗血栓薬を継続したまま
あたりまえの感覚ですね。特に難しくもありません。
ただ、ですね。例外があります。ここがややこしいところ……。
出血リスクだけでは決められない
休薬に伴う血栓症のリスクも考慮すべき!
例えば、大腸がんや胃がんの手術を受ける人がいたとします。「出血リスクが高いので抗血栓薬を中止」で良いかというとそうではありません。
サラサラ系の薬をやめた時に血栓のできやすさは人によって違うからです。7日前から中止できる人もいれば、半減期の短いヘパリン等に切り替えて、手術直前まで中止できない人もいます。
・出血リスクだけで中止できるかが、決まるわけではありません。
血栓症のリスクは、患者さんにはイメージしにくいもの。だけど、医療者は忘れてはいけない視点だといえます。
②休薬に伴う血栓症のリスクを考える
血栓症が起こりやすいケースとは?見分けるための視点は大きく2つあります。
- 一次予防 それとも 二次予防 ?
- 抗血小板薬 それとも 抗凝固薬 ?
こんな風に考えるとわかりやすいので紹介しますね。順番に見ていきましょう。
二次予防の方がリスクが高い
血栓症のリスクが高いのは二次予防の方です。
今までに狭心症や心筋梗塞、脳梗塞などの既往がない人(一次予防)よりも、ある人(二次予防)の方が基礎疾患、動脈硬化の進展等により血栓症が起こりやすい状態だからです。
一次予防と二次予防(再発予防)どちらなのかは、休薬の可否を考えるうえで重要な視点です。
ここからは、以下の3つのケースに分けて具体的に休薬に伴う血栓症のリスクを考えてみますね。
- 抗血小板薬の二次予防
- 抗血小板薬の一次予防
- 抗凝固薬の一次予防と二次予防
抗血小板薬は中止できる?二次予防の場合
まずは、抗血小板薬の二次予防です。
抗血小板療法は、いくつかの適応があります。ここでは、脳梗塞や虚血性心疾患に対する抗血小板療法を中心に見ていきますね。
エビデンスが確立している
虚血性疾患における二次予防では抗血小板薬投与の有効性が示されています。
2002年に報告されたATT試験(287試験、約21万2000人を対象、メタ解析)
・二次予防においてアスピリンは心筋梗塞や脳卒中、血管死などのイベントリスクを22%低下させることがわかりました。(BMJ 2002;324:71-86)
各種ガイドラインでも抗血小板薬は二次予防において推奨されています。
▽非心原性脳梗塞、慢性期の再発予防の場合
・アテローム血栓性脳梗塞、ラクナ梗塞などに対して、シロスタゾール、クロピドグレル、アスピリン、チクロピジンなどの投与が推奨。
▽冠動脈ステント治療後・DAPTが推奨
・アスピリンは可能な限り投与を継続することが推奨されています。
補足です。
・DAPTは、抗血小板薬の2剤併用療法のこと。アスピリンにチエノピリン系薬などを併用した処方ですね。冠動脈ステント治療後は血栓症のリスクが高いので、DAPTが推奨されています。
抗血小板薬の二次予防は、中止が困難!
休薬に伴う血栓症のリスクが高く中断が難しいです。
イベント予防効果があるのに、あえて中止するわけですからね。休薬中に血栓症が起こる可能性が高まります。
抗血小板薬の中断がむずかしいケースは下記です。
・冠動脈ステント留置後2カ月(DESは12ヶ月)
・脳血行再建術後2ヶ月(ステント留置など)
・主幹動脈に50%以上の狭窄を有する脳梗塞またはTIA(一過性脳虚血発作)
・最近発症した脳梗塞やTIA
・ASO(閉塞性動脈硬化症:Fontaine3度以上)など参考文献)抗血栓薬服用者に対する消化器内視鏡ガイドライン
病態の重症度や治療の時期等で血栓症のリスクが変わります。中でも、特に押さえておきたいのは以下の3つです。
- PCI後のDAPT
- 脳梗塞やTIA後の再発予防
- 重症ASOなどです。
二次予防で抗血小板薬を飲んでいる場合は簡単には中止できない!本当に中止しても大丈夫?という感覚が大切です。
中止する場合には、リスクを最小化する!
個々のケースで血栓症のリスクを最小限にする方法が選択されます。
例えば、半減期の短い他の抗血栓薬(シロスタゾールやヘパリンなど)へ切り替えて、手術直前まで抗血栓療法を継続する方法です。
詳細は書籍、ガイドライン等を参考にしてくださいね。
抗血小板薬は中止できる?一次予防の場合
次は、抗血小板薬の一次予防について。
有用性がはっきりしていない
虚血性疾患における抗血小板薬の一次予防は、エビデンスが確立してるわけではありません
Japanese Primary Prevention Project (JPPP) 試験
- 2014年に発表、アスピリンの一次予防効果を検討
- 対象者はアテローム性動脈硬化の危険因子(高血圧、脂質異常、糖尿病)を有した60歳以上の日本人14464例
- 一次エンドポイント…心筋梗塞、脳卒中、心血管死
- 結果…アスピリン群2.77% vs プラセボ群2.96%※ハザード比 0.94倍(0.77~1.15)
→アスピリンは心血管イベントの発生を有意に低下させない
一方、二次エンドポイントで非致死的心筋梗塞とTIAの発生を有意に低下させることが示されました。
▽二次エンドポイント
- 非致死的心筋梗塞…アスピリン群0.30% vs 非投与群0.58% ※ハザード比 0.53倍(0.31~0.91)
- TIA…アスピリン群0.26% vs 非投与群0.49% ※ハザード比 0.57倍(0.32~0.99)
しかし、安全性に関して、出血性合併症の発生率を有意に増加させることが明らかに。
▽輸血または入院を必要とする頭蓋外出血リスク
- アスピリン群0.86% vs 非投与群0.51% ※ハザード比 1.85倍(1.22~2.81)
参考文献)JAMA 2014;312:2510-20.
アスピリンの投与は、日本人における虚血性心疾患の一次予防において確定的な効果は認められず、有効性を示すエビデンスがないと結論されています。
一次予防でアスピリンを飲んでいる人は多い!
意外と目にする機会は多いのではないでしょうか?
患者さんにどうして飲んでいるのか聞いてみると、「脳梗塞(や心筋梗塞など)になったことはないけど、予防のために飲んでいる」と言われることがよくあります。
抗血小板薬の一次予防はエビデンスが確立していないのに、年齢や基礎疾患などから虚血性疾患の発症を懸念して処方されているケースは多いですね。
抗血小板薬の一次予防は中断できる!?
休薬に伴う血栓症のリスクが低く、中断できるケースがほとんどです。
もちろん、血栓症のリスクはゼロではありません。ですが、心血管イベント抑制効果がある二次予防に比べると中断による血栓症リスクは低いと考えられます。
実際、大手術においては出血リスクを重視して、手術前に一定期間休薬するケースが多いです。
抗凝固薬は中止できる?
続いて、抗凝固療法の一次予防と二次予防を合わせて考えます。
最近では、心房細動でワルファリンやDOAC(直接経口抗凝固薬)などを服用している人が増加傾向です。手術を受ける時に、抗凝固薬は中止することができるのでしょうか?
休薬に伴う血栓症のリスクについて見ていきます。
抗凝固薬療法の必要性はどのように評価する?
CHADS2スコアを用います。
心房細動の患者さんに抗凝固療法が必要かどうかを判断するためのツールです。危険因子の数を点数化します。脳梗塞の既往Sが2点なので5項目で計6点です。
▽CHADS2スコア
・C…Congestive heart failure/LV dysfunction (心不全/左室機能不全)
・H…Hypertention (高血圧)
・A…Age≧75 (75歳以上)
・D…Diabetes mellitus (糖尿病)
・S2…Stroke/TIA (脳梗塞/一過性脳虚血発作既往)
スコアごとに薬剤選択の方法や推奨度が決まっています。非弁膜症性心房細動(NVAF)の場合は以下のとおりです。
・2点以上…DOACやワルファリンの投与が推奨
・1点…ダビガトラン、アピキサバンが推奨、その他のDOAC、ワルファリンは考慮可。
・0点…ほかのリスク(心筋症、年齢65〜74歳、心筋梗塞の既往など血管疾患)に応じてDOACまたはワルファリンを考慮する参考文献)心房細動治療ガイドライン2013
Sの2点が加算されるからです。DOACまたはワルファリンを選択します。
2点以上では抗凝固療法が推奨、0〜1点の場合には血栓症リスクと出血リスクを勘案して抗凝固療法を考慮することになっています。
抗凝固薬は一次、二次予防ともに中止が困難!
結論をいうと、むずかしいケースが多いです。
心房細動で抗凝固薬を飲んでいる場合、一次、二次予防どちらも休薬に伴う血栓症リスクが高くやめるのは簡単ではありません。ハイリスクの人工弁置換術後や僧帽弁狭窄症の場合は、いうまでもなく無理です。
基本的に抗凝固薬を中止するのは簡単ではないと思っていた方が良いと考えられます。抗凝固薬を飲んでいる時点で脳梗塞発症のリスクが高いと判断できるからです。
抗凝固薬休薬に伴う血栓塞栓症リスクが高いケースはほかにもあります。
・心原性脳塞栓症の既往
・弁膜症を合併する心房細動
・弁膜症を合併していないが脳卒中高リスクの心房細動
・僧帽弁の機械弁置換術後
・機械弁置換術後の血栓塞栓症の既往
・人工弁設置
・抗リン脂質抗体症候群
・深部静脈血栓症(DVT)・肺塞栓症(PE)など参考文献)抗血栓薬服用者に対する消化器内視鏡ガイドライン
DVTやPEでDOACやワルファリンを飲んでいる人も注意ですね。
抗凝固療法中は、休薬に伴う血栓症リスクが高い場合がほとんどなので、継続したままか、ヘパリン置換により手術ギリギリまで継続するのが基本になります。
まとめ
押さえておきたいポイントは以下のとおりです。
▽基本的な考え方
- 抗血栓薬中止のメリット→手術時の出血を軽減でき、安全に周術期を過ごせる
- デメリット→心筋梗塞や脳梗塞など血栓症のリスクに晒される
- 「出血のリスク」と「休薬に伴う血栓症のリスク」両方を考慮することが大切
▽出血リスクを考える
- 出血リスクは受ける手術の種類によって異なる
- 高リスクでは休薬、低リスクでは継続したままで手術を行うのがキホン
- ただし、高リスクであっても、血栓症のリスクが高いと休薬できないケースもある
▽血栓リスクを考える
- 一次予防 or 二次予防?、抗血小板薬 or 抗凝固薬?の視点から考える
- 抗血小板薬は二次予防のエビデンスが確立、血栓症リスクも高く休薬が困難。一次予防の方は有用性が低く、休薬可能なケースが多い。
- 抗凝固薬は一次予防、二次予防ともに血栓症のリスクが高い!休薬の可否は慎重に判断、ヘパリン置換などを考慮!
今回は、手術前の休薬をテーマに、手術を受けるときに、血液サラサラ系を中止すると危ない!そんなケースを見分けるポイントを解説しました。
「手術を受けるので血液サラサラ系は中止」と聞いたら、「休薬できるの?」と自然に考えることができれば、周術期を安全にサポートできますね♪